音水信二のはてなブログ

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ターンエーガンダムとGレコに関するメモ

 こんにちは音水信二です。最近は散歩したついでに公園でブランコに乗りながら、時にベンチで富野由悠季のエッセイを読んでいます。最近は『ターンエーの癒し』と『だから僕は』を読みました。

 先日『ターンエーガンダム』を視聴し終わりました。まとめて視聴していたため、『ブレンパワード』と『オーバーマン キングゲイナー』はしばらく視聴をお休みしていたのですが、昨日から視聴を再開しました。

 『ターンエーガンダム』も素晴らしくおもしろかったです。最終回はこれぞガンダムという要素てんこ盛りの名作でした。ありふれたことしか言えませんがラストシーンには鳥肌が立ちました。

 

 しかし一つ気になったことがあります。それは『ターンエーガンダム』ってターンエーしてないよねという問題です。

 これは現在記事にしようと書いている『Gのレコンギスタ』ってレコンギスタしてないよねという問題にもかかわるのですが、個人的には『ターンエーガンダム』のほうがGのレコンギタしていて、『Gのレコンギスタ』のほうがターンエーガンダムしていると思うのです。

 

 なぜ私がそう思うのか、『ターンエーガンダム』はこれまでのガンダムを1999年当時の作り手の力で価値観をアップデートさせた作品だと感じました。

 そのためこれまでの戦争物のガンダムと違い、戦争しつつ、ロボットアニメやバトルアニメの批判というか反省会を行うようなガンダムになっていました。

 それはこれまでのガンダムを思想として一歩二歩進めたものにしよう。これからガンダムをもっと新しくしていこうという力を感じました。

 

 一方『Gのレコンギスタ』は『機動戦士ガンダム』を2014年(2019年)の作り手がリメイクとして作り替えた面が強いように感じました。

 後日改めて書くのですが『Gのレコンギスタ』はお話をしては『機動戦士ガンダム』の骨組みを残して、その骨組みに自分たちの価値観と趣味を入れまくった作品になっています。

 それは確実に『機動戦士ガンダム』よりも思想として次を行き、完成度もかなり高い作品になっていますが、明らかな宣伝戦略のミスと、富野由悠季が余計なことを言ったせいで一部の人から顰蹙《ひんしゅく》を買われてしまいました。

 しかし内容自体はかなり『機動戦士ガンダム』を肯定したものになっています。そのためどちらこと言うと『ターンエーガンダム』よりもターンエーガンダムしているのです(しかし『機動戦士ガンダム』のダメな部分も一部そのまま残ってしまっていたりもします)。

 

 そこらへんはもしかしたら僕の思うターンエーとレコンギスタの意味の解釈が作り手の言葉の取り方と違うのかもしれませんね。

 

 後日Gレコの記事を中心に更新していきます。