音水信二のはてなブログ

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『伝説巨人イデオン』40周年記念 イデとは何か考察してみた。

伝説巨人イデオン』40周年おめでとうございます。今回は富野由悠季作品好きの一ブロガーとして『イデと何か』と題して考察していこうと思います。

 私が作品を考察する際の前提条件があります。

それは「作品には様々な意味合いが込められており、言葉一つ一つにもいくつもの設定であったり、隠喩であったりが隠されている。」という考えです。

そのため「単純に「〇〇とは○○という意味だ。○○とは○○の暗喩だ」、などと説明することができても、それは一面では事実であると同時に一面では事実ではないと言える」というものです。

 砕いた言葉で言えば

・作品はいろんな取り方ができるように作ってある。
・隠喩は何重にもかけている。
・そしてその答えは全部正解でもある。
・作品はどう解釈しても良い。
・しかしそれは一つの見方でしかない。

ということです。

本編の描写を確認していきましょう。

・知的生命体の集合的な思念である。
・多次元の存在である。
・良いことが好き。
・コスモたち劇中人物の行動に影響を受ける。
・第一話で目覚める。
・テレビ最終回でチャンスをあたるが、それは叶わずイデを発動させる。
・映画版ラストでは発動してすごい世界に連れって言ってくれる。
・最終回以外ではソロシップやイデオンが破壊されようとするのを嫌がる。

これらの描写から私は、「イデとはメタ的な力」であり、「『伝説巨人イデオン』とはメタフィクション的な楽しみ方ができる物語だ」と考えています。

イデとは視聴者であったり、プロデューサーたちの集合体で、彼らが望むから明らかにおもちゃっぽいデザインのロボットが目覚め活動せざる追えなくなり、最終回が来るまで絶対に終われせてくれない。一般市民がキャラクターたちが死ぬのはほっとくのにレギュラーキャラが死にそうになると阻止される。そのくせいらなくなったキャラや邪魔なキャラクターは死にそうになっても助けてもらえない。ロボットも絶対に破壊されない。
しかし打ち切りになるとめちゃくちゃでも無理矢理終わらせる。

 イデの発動とは、視聴者のこうなって欲しいという願望を叶える力です。
わかりやすく言えばヒーローショーとかのお客さんの「がんばれー」という応援みたいなものです。

 テレビ番組がほのぼのとしたものを描くと、視聴者もそれに影響されるし、残酷なものを描くと視聴者もそれに影響される。
 だから良いことをすればイデは良いように発動するし、殺したりばっかりしているとイデは皆殺しみいな発動をする。

 そんな身勝手なイデにコスモたちは翻弄されてしまいます。バッフクランや地球からしてもイデを敵にしても絶対に負けるので、助かるすべはイデに気に入られるしかありません。しかし気に入られたところで急に見捨てられるかもしれない。

 さらに富野監督をはじめとした『伝説巨人イデオン』の作り手だって、イデによって翻弄され続ける。

伝説巨人イデオン』とはおもちゃを宣伝するためのもテレビアニメというものに翻弄された、作り手と作中人物たちが何とか解放されようとあがいて行く話なのではないのでしょうか。

以上が2020年5月8日現在の音水信二による「イデとは何か」という解釈です。もう少し細かく考察できたらなとも思うのですが、私には今のところこれ以上考察する体力が残っていません。
 この記事が読者の方が「イデとは何か」と考える上での参考になればうれしいです。

おまけ
最近、富野監督の最新作「Gのレコンギスタ」を視聴したのですが、とても楽しめました。最終回ではあまりの輝きに感動しました。もしイデオンなど富野由悠季作品が好きな方で視聴しておらず、なおかつなんとなく興味があるなという方には、とてもおすすめです。
それではまたいつか。

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