音水信二のはてなブログ

NOVEL DAYSで小説を書いたり、noteでエッセイや思想的なことを書いたりしています。はてなブログではウルトラマン、仮面ライダー、富野由悠季を中心にヒーロー、ロボット、ゲーム、ラノベ、ネット小説などなんでもありで思いっきり語りったりしながら楽しんでオタ活していきます。コメントフォロー大歓迎!

SSSS.DYNAZENONを4話まで見ました。空っぽになるまで楽しんだのは久しぶりです。

 SSSS.DYNAZENONを昨日2話、今日3話と4話も見ました。めちゃくちゃ面白かったです。キャラクターが魅力的なのはもちろん、演出がとても好きです。最近のウルトラマンはどうしても実写であることから現場の都合か、凝った演出や編集が行いにくいところがあります。しかしSSSS.DYNAZENONではアニメであることを生かして見ていてとても気持ちが良いテンポになっています。アニメの制作事情に詳しくないので、演出の力なのか、編集の力なのかはわかりませんが、見ていてとても気持ち良かったのは確かです。これはすごい。

それと都合の良い悪役が出てこないという点も好きです。

4話を見終わった後久しぶりに、アニメに熱中しすぎて、終わった後に自分の中が空っぽになるような感覚を味わえました。

これは作品が面白いこともありますし、私の精神状態がだいぶ良くなってきた証拠でもあると思います。まだまだ辛いことはたくさんありますが、少しづつ前に進んでいけた良いなと思っています。

 

 目次記事『ウルトラマン』円谷プロ系 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

SSSS.DYNAZENON一話を見ました。特に人物が良い。私にとって大切なアニメになりそう。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

『SSSS.GRIDMAN』六花の抱き枕に怒っていたあの頃の僕。『SSSS.GRIDMAN』の物語構造の分析 考察記事。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

『SSSS.GRIDMAN』がなぜヒットしたのか。それは視聴者が好きな人物が視聴者の好きそうなことをする内容に社会や心の問題を描くことで視聴することに意味があると感じさせたことだ。 日本の深夜アニメの未来はここにあるのではないだろうか。ネタバレなし。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

最近旧アニメ版銀河英雄伝説を見始めましたが面白いです。9話まで見ました。

 最近銀河英雄伝説を見始めました。これまで外伝を少し見たことがありましたが、本伝の旧アニメ版を最初から見たのは初めてでした。すっかりハマってしまい。旧アニメの最初のOVAと本伝の9話まで見ました。

 キャラクターがとても魅力的で、好きなキャラクターがたくさん登場しました。登場する作戦や戦い方もものすごく見ていて納得できる説得力があり、すごいと思いました。

 初めこそ登場人物の老害の頭がいくら何でも悪すぎるところはいかがなものかと思いましたが、実際、頭の悪すぎる人はたくさんいます。考えてみれば銀河帝国や腐敗した民主主義の軍人のお偉いさんぐらいになればあれぐらい頭が悪いぐらいがリアルなのかもしれません。

 それに今の政治家たちの対応を見ていたら本当にそうなのかなと思います。今日もいろんな所でヤンやラインハルトのような人たちが頑張っているのかと思います。

 人材不足と言われますが実際には今の社会は優秀な人材ほど潰す社会であるということだと思います。

そういう人たちが表に出てこられることが社会は今よりも良くなるかもしれませんね。

最近のこと

 

 最近予備校に通い始めた。このブログを始めた頃には心身ともに限界だったが活動する中でだいぶ楽になってきた。そうなることが出来たのはネットでもリアルでも人に恵まれているからだと思う。

 Twitterでは主に好きなアニメ関係の人をフォローしている富野由悠季関係のファンの場所だ。そこでずいぶんと楽しいネット生活をしている。

 それ以外にも嬉しいことがあったゲーム実況者関連の記事を書いたら本人がそれを読んで頂いた。そして記事の内容を面白いと思って共有してくれた。その結果たくさんの人が私の記事を読んでくださった。私のもとには届いていないが、その実況者さんのTwitterにてたくさんのコメントが書いてあったのを遠くから見え、自分の書いた文章が人に読まれていることを実感した。

 考えてみれば昔読んでいたブログの方が反応をくれたり返事をしてくれるだけでものすごくありがたいことだ。初めてコメントが来た時に飛び上がったことを思い出す。

 具体的な名前を出さないが、数年前から読んでいた自分が一番辛い時に読んでいたブログの運営者から返事をもらったり出来て嬉しかった。

 昔から好きだった動画投稿者さんにコメントもらえて嬉しかった。とても応援している人にコメントをもらえて嬉しかった。

 それ以外にも普通に私の記事を読んでコメントをしてくれる人が増えてきた。それがものすごくうれしいし、コメント以外にも単純に高評価系のボタンを押してくれる人が出てきてとても嬉しい。もちろん人から評価されることをするのではなく、自分は何がしたいのかが大切だ。僕は自分のしたいことをしている。それがすべてだ。

 しかしそのしたいことがたくさんの人に評価してもらえることが嬉しい。2021年4月10日現在私の書いた文章は毎日およそ80PVぐらい見られている。これははてなブログやnoteなどを合わせた数を一週間分のものを7で割った数であり厳密には毎日80PV言っているというより、日によって前後はある。

それは人気コンテンツについて書いた記事が多いからと言うこともあるが、それでも面白い記事はかけていると思う。

カクヨム連載してきたエッセイも、noteで書いてきたゲーム実況者系の記事も書きたい記事を最後まで書き切ることに成功した。したいと思ったことは一通りできた。

はてなブログでは検索サイトから直接見に来てくれている人が50%を超えており、ブロガーとして軌道に乗ったと思う。

 ただ2021年度は大学受験と以前から準備していた小説執筆に集中するためブログはあまり書かない。2022年3月には復帰したいと思う。

 せっかく軌道に乗ってきた時期だが、これまで書いてきた記事は何年もたった後も楽しめるものだと思うので良いと思う。きっと私がいない時期にもたくさんの人に読んで頂けると思う。ブログを初めて良かった。何かを書き始めて良かった。ネットに投稿を初めて良かったと心から思う。

 これまでは自分の心の中の整理をしてきた。それには自分が元気でない時にはそれg一番良いと思ったからだ。しかしこれからはこの世界についてもっとたくさん繋がっていくような文章を書いていきたいと思う。最後まで読んで頂きありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

橋田壽賀子さんがご存命中最後の渡鬼が感動的だった話。

橋田壽賀子さんが亡くなられたというニュースを見て、新作が見れないことファンとして少し寂しい気持ちになりましたが、同時にすごい作品を制作し続けたことや『渡る世間は鬼ばかり』を綺麗に完結させたことの凄さなどから、天寿を全うされたのだなと思いました。
 私は『渡る世間は鬼ばかり』通称『渡鬼』を物心つく前から見ていました。その後もテレビドラマとはこういうものだという一つの基準になっていました。
 ファイナルシーズンまで見ましたし、その後のテレビスペシャルも見続けていました。NHKの再放送で『おしん』を放送していた時も見ました。過去に『おしん』についての記事も書きました。感動ポルノのように扱われることがある『おしん』ですがそれが上っ面の印象に過ぎず、実際はあえて書きますが「クソババァ」になったご老人が自分がなぜ「クソババァ」になったのか孫と一緒に各地を旅しながら昔を思い出し、考えていくという名作ドラマです。それを上っ面だけ見て「泣かせるための作品」だと言うことは自分はその作品を真剣に見ていないと言っているようなものです。
 
 橋田壽賀子さんがご存命中最後に制作されたドラマ『渡る世間は鬼ばかり』のスペシャルは家族からの解放を描いた名作でした。直前に『おしん』を見ていたこともあり思わず感動しました。これぞ1990年から2019年まで続いたドラマの綺麗な着地点だと思いました。
 『渡る世間は鬼ばかり』は現在新作を制作中だったそうです。そちらも何らかの形で世に出るようなのでとても楽しみです。

 『渡る世間は鬼ばかり』長期ドラマなので不自然な降板が多々あるものの、全体的とても楽しめる作品でした。今個人的に考えていることは考えているのは渡鬼をパート1から最新作まで(私は見たことがないのですが、舞台版なども含めて)すべてを初めから15分ぐらい切っていって毎日動画サイトなどに公開して行ったら、同じ役者が年を取りながら演じていく朝ドラ風ドラマとして再ブームが起きるのではないかと思うことです。
 昔から大好きなドラマなのでもう一度たくさんの人の目に触れる機会があったら嬉しいです。

 面白いのが、おそらく『渡る世間は鬼ばかり』も『おしん』のように姑問題で苦しめられてきた人が、自分が姑になってひどいことをし返すという展開もあり得たのに、不自然に親子役が会うことが出来なくなったことで、家族から解放されるという展開になったことです。これもすごいなと思います。もしかしたらそれとは関係なく家族から解放されるという展開になったのかもしれませんが。
もしかして最終回で親子役が再び画面で出会う可能性もありますし。
今から普通に全話見ることは難しいでしょうが何か機会があったらもう一度見てみたいですね。

SSSS.DYNAZENON一話を見ました。特に人物が良い。私にとって大切なアニメになりそう。

 私は前作『SSSS .GRIDMAN』がとても好きでしたが、今作の一話はいきなりそれを超えてきました。まずキャラが良い。前作のキャラはあえて理想的なキャラにしていましたが、今作ではあえて理想からは離れたキャラクターにしています。私の住む世界に居そうな同じ悲しみを持ったキャラクターが登場します。ヒーロー役もどこか不器用です。それはこの作品の作り手の分身とも言える不思議な世界に誘う人物をこのようなキャラクターにしたことで、より魅力が出ています。自分の分身を完璧超人ではなく、不器用で視聴者からの働きかけがあって初めて活動できる。しかも戦うのにもたくさんの人の力がいると言うのも良かったです。

 夜の戦いも良かったです。これは『電光超人グリッドマン』のリスペクトでもあるでしょう。それだけでなく、実写の特撮ではなかなか見られない夜の戦いも迫力がありました。

そして音楽も良かったですね。前作はOPもEDもCDを買いましたが今作も購入したいと強く持っています。

 次回も楽しみです。

 

2021年4月25日続きを書きました。

SSSS.DYNAZENONを4話まで見ました。空っぽになるまで楽しんだのは久しぶりです。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

目次記事『ウルトラマン』円谷プロ系 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

『SSSS.GRIDMAN』六花の抱き枕に怒っていたあの頃の僕。『SSSS.GRIDMAN』の物語構造の分析 考察記事。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

『SSSS.GRIDMAN』がなぜヒットしたのか。それは視聴者が好きな人物が視聴者の好きそうなことをする内容に社会や心の問題を描くことで視聴することに意味があると感じさせたことだ。 日本の深夜アニメの未来はここにあるのではないだろうか。ネタバレなし。 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

富野由悠季の世界展 良かったところとどうしても改善して欲しい2点

 富野由悠季の世界展青森会場見てきました。完成品に至るまでの資料を見ることが出来てとても楽しかった。まず富野さんの若かりし日の絵が見れたのが良かった。

 今回の展示の中で一番良かった、これを時間の許す限り見ていたいと思ったのが富野監督によるボルジャーノ嬢のイラスト、次に良かったのがコピーなのかもしれませんが、いのまたむつみさんのカナンの線画のイラストが印象的だった。

そのほかには富野監督によるパララのイラストや、それぞれのデザインによ『ブレンパワード』や『エルガイム』の展示全般やターンAガンダムギャバンとソシエのイラストなどが良かった。見た時に不思議と完成品よりも本物だと思えるものがあった。

 

 

 ただどうしても改善して欲しい点が二つある。

 一つは一部の資料がものすごく読みにくい、おそらく展示を置いた人がお客さんが見ることをどこまで考えたのか謎な展示され方をしているものが二つあった。どちらも同じ部屋で、『OVERMANキングゲイナー』と『闇夜の時代劇 正体を見る』だ。

 ガラスの壁の向こう側の腰より低い位置に斜めに立てかけられるように資料が置かれているのですが、逆光で資料が読めなかった。イラストならともかくA4の紙に文字がびっしり詰めて書かれているものだ。そもそも立ちながら見るものとして展示するものとして、あまりにも位置が低すぎる。仕方ないので他のお客さんが少ないこともあり、しゃがんで見たが、それでも逆光が激しく、資料を読めたのは半分ぐらいだった。

 『OVERMANキングゲイナー』は私にとって大切なアニメなのでせっかく雪国で展示されているのに、あまりにも資料が読みにくく悲しかった。

 言うならば幻のアニメ扱いされている12分のアニメ『闇夜の時代劇 正体を見る』の資料が見ずらいことも問題だが、まだ幻のアニメだからと言い訳はすることが可能だ。

しかしテレビシリーズに限定すれば準新作である人気作品の扱いとしては問題があるのではないだろうか。

場所がないというわけではない。隣の部屋では『機動戦士ガンダム』の模型がちょうどよい高さで大量のスペースを使って展示されている。『機動戦士ガンダム』は3部屋以上使って十分な場所が取られてある。部屋を分け切っているのには演出の都合もあるだろう。

それは良い。しかしそれをするならせめてキングゲイナーの場所はそのままで良いからせめて下に土台を置くなどして、展示の高さを上げるなどをして欲しい。斜めに展示するなら逆光が起こりすぎていないのか確認して欲しかった。

もしこの記事を富野由悠季の世界展関係者がご覧になった場合、展示スペースを確認して見て欲しい。初めて見る人がこの資料をちゃんと読めるのだろうか。

伝説巨人イデオン』の資料はちょうどいい高さにある。『ガンダム』シリーズや『重戦機エルガイム』の資料は壁に貼られるように展示されている非常に見やすい。バイストンウェル関連の資料も斜めに置かれていたが展示スペースに奥行きがあって逆光で見えないなどはなかった。『OVERMANキングゲイナー』と『闇夜の時代劇 正体を見る』だけが非常に展示を読みにくかった。とても大好きな作品なだけあって残念だった。

 

もう一つの点は一部展示の音が美術館の美術としては理想とは言えないことだ。ただアニメの展示を見ると考えれば悪くない音だ。しかし今回の富野由悠季の世界展はアニメ監督富野由悠季の仕事を美術館で展示している。それはアニメを美術として扱っているのだ。それである以上アニメの音も大切だ。

予算の都合もあるので、すべての音質を良くする必要はない。コンテと映像を見比べることが映像が展示される目的の大部分であると感じられる場所もあるので今のままでも十分音に満足できる場所がほとんどだった。特に『リーンの翼』の映像は音が良かったかどうか以前に作品の感動を思い出し、涙を流した。

しかしこれは音をちゃんとして欲しかったのが三つある。

一つ目が映像インスタレーションこれは富野監督の映像を使って美術を作ったのだから、音もちゃんとして欲しかった。正直映像に比べ音が決して良いとは言えず、私の感想なのだが、結果として微妙な気分だった。

二つ目がエピローグでのふたりのまほう。これは明言されていないが、最終展示、エピローグのBGMとして機能している。直前にふたりのまほうのOP演出についてわざわざ書いていることから意図しているのだろう。だからこそふたりのまほうの音が美術として十分だと思えなかったのがガッカリした。

音源の音質が悪いのだろうか、音響設備が悪かったのだろうか、反響が上手く言ってなかったのか、原因はわからない。お金もかかることなので前述した『OVERMANキングゲイナー』の展示が見ずらいことと比べて簡単に改善しろとは言わないが、音が微妙だったと言うことは感想として書いてく。

 詳しくは書かないがエピローグは一つの作品が制作、展示されている。ふたりのまほうはそれに合わせたBGMになっているそれである以上、観客として悲しい気持ちは書いておいたら何らかの参考になると思う。

 三つ目は『ターンエーガンダム』のラストシーンだ。映像はもちろんすばらしい。しかしそのために美術館に美術を見に行ったと考えた場合理想的な音ではなかった。

 

 批判することが多くなってしまったが、美術館の音楽は基本的には良かった。入口から大音量でふたりのまほうがかかりながら、たまにイデオンアイキャッチが聞こえるという期待を感じさせる演出であった。あちこちのモニターからアニメの映像と音が聞こえるのだが、となりのモニターからの音が気になって演出に集中できないということは皆無だった。その点では音の調整は上手く行っていたのだと思う。だからこそ音の深みがなかったのが残念だった。

 久々の美術館でしたが、楽しむことができました。企画してくださったスタッフの皆様には感謝しています。

 

 

 また平日は近くでお昼ご飯を食べられるところが全くないので、行く方はお昼ご飯を購入していくか、お昼ご飯は食べないつもりで行くかなどのつもりで行った方が良いと思います。

 

目次記事富野由悠季作品関連 - 音水信二のはてなブログ (hatenablog.com)

 

 

シンエヴァ、シン・エヴァンゲリオン劇場版の気になったところ、良かったところ、不満を持った人におすすめしたいアニメ。

先日シンエヴァンゲリオンを見てきた。

見終わった正直な感想は庵野監督やらかしたなということだった。正直に言えば私はこの映画をあまり人に勧めたいとは思わない。なぜならばこの映画は万人向けではないからだ。

この記事では『シンエヴァンゲリオン』のどこが気になったのか、どこが良かったのか、そして最後に『リーンの翼』という富野由悠季作品であり、『新エヴァ』に影響を与えた『新訳Z』と同時期に作られ、『シンエヴァンゲリオン』の庵野監督が60歳の時に作ったのに対し、富野監督が64歳の時に作り、作品の時間がほぼ同じというという立場的に近い作品について少し紹介したいと思う。

 以下『シンエヴァンゲリオン』のネタバレがある。ネタバレを見たくない人はここで引き返して欲しい。

 

 

 私は『シンエヴァンゲリオン』に不満がある。

メッセージ性がある作品として見たら、時間が十分にあったにも関わらず、あまり重要ではない場面に時間を使い、(私が)描くべきだと思う場面に時間を使っていないからである。

 純粋な娯楽作としてもなんとなく退屈だなと思うところがあり、不満が残った。

 

 その結果描かれる場面が表面上となり、描かれるメッセージも少し残念なもののように感じてしまった。

 

 あまり重要ではない場面と思うのは、特に中盤のアスカの戦闘シーンを初め、序盤の戦闘シーンも含め展開も予想通りで、そこまで丁寧に描く必要を感じられなかった。そして絵として見てもた絵が丁寧なだけで、物語として必要だとは思えなかった。嫌みすら感じた。

 それ以外の場面もなんか間延びしていると思った。

 

 描かれるべきものだと思うのは、主人公の成長と葛藤と、恋愛関係だ。映画ではそれらが十分に描かれていなかった。

 今作の最後で主人公はマリと恋愛関係になる。それは良いのだが、なぜマリなのかは描かれていない。今作は言うならば辛いこともあったけど、マリと恋愛したおかげでしあわせになれたと取れるような印象を受ける。

 しかしなぜマリなのか、どのような恋愛をしたのか、これまでの恋愛が叶わなかった主人公と今回恋愛が叶った主人公は何が違っていて、どう成長したのかが、描かれていなかった。

 それはつまりなぜ、恋愛できたのかわからない、もしくは描きたくないである。

 そして今作は『エヴァ』と向き合う話だったので、結果として「自分は『エヴァ』の監督だから恋愛できた。そしてしあわせになった」という印象を受けてしまう。

 『エヴァ』は一般的な作品とは少し違う作品だった。そのため特別、恋愛できない人の心の支えになった。そんな作品の終わり方として、恋愛したら「しあわせになるよ」と言うのは間違ってはいないのだけれど、もしそれをするなら同時に描くべきことがあるだろう。それは二種類ある。

 

 一つはなぜ恋愛出来たのか。どういう成長をしたのか、どういう風にすればよかったのか。と言ったこと。

 

 もう一つはもし一つ目のものが描けないならば、どうどうと喧嘩を売ることである。「俺は妻居るけど、お前らアニメに依存して、人と関われないのか?それだけじゃだめだぜ、大人になれよ?」

 それは正論ではあるのだが、人を傷つける。でも傷つけたほうが、今回の『シンエヴァンゲリオン』よりかは良かったと思う。

 

 『シンエヴァ』は表面上はものすごく気持ち良い展開がある。まさに「気持ちいの?」である。ただそれは作品内で問われることはない。

 『シンエヴァ』に感動している人には「気持ちいの?」と聞いてみたいが、やめておく。

 

 かっこいいアクションシーンと、カッコいキャラの活躍、理想の展開。父との対話そして、解決。みんなしあわせになる。見ていてとても気持ちが良い。

責任を持つ、部下を持つ、家族を持つ。それが大人になることだ。それは間違っていないのだけれど、そういうことがちゃんと出来ている人は別に『エヴァ』がなくても生きている。むしろ『エヴァ』がないと生きていけない人はそういうことができなかった人たちではないのだろうか。

今はまだないが、将来的に、責任や部下や家族を持つ立場になりそうな人は見ていて気持ちが良いだろう。最初の『エヴァ』を放送当時に見て、今何かを成し遂げた、成し遂げようとしていてる人は見ていてとても気持ちが良いと思う。

しかし成し遂げられなかった人は見ていて辛いだろう。人に勧めたくなる作品は今しあわせな人も、今しあわせでない人も、何かを成し遂げた人も、まだ何も成し遂げてない人も見て面白いものだろう。私の場合は『Gのレコンギスタ』という『エヴァ』と同じ2クールのアニメはそれにあたり、万人におすすめできる、なおかつとても面白い作品だと思っている。しかし今回の『シンエヴァ』は今しあわせか、しあわせになろうとしている人しか見てしあわせだとは思わないのではないだろか。そのことが原因で私の中で『シンエヴァ』の評価は低めとなっている。

 

今回の『シンエヴァ』で喜べた人も、怒った人も、心配はない自分の気持ちで作品と対話できたからである。私が心配しているのは、そして『シンエヴァ』をあまり勧めたくないと思うのは、そのどちらでもない人がいるからである。

 

今回のような人は成長するし、大人になるし、責任を持つようになるし、恋をしたり家族を持つとしあわせになれるよという作品を見て、今の自分を肯定してもらえたと思う人。問題ない、作品を見てしあわせになるだろう。俺はこうではない、『エヴァ』はこうでないと怒れた人も『エヴァ』何か自分の好きなものを見つけることが出来ただろう。しかしそのどちらでもない人はどう思う。昔好きだった自分の孤独や弱さを認めた作品を久しぶりに見に行けば、きれいごとを言われた。今自分はしあわせではない、でも『エヴァ』は好きだ。作品は自分のことを否定してくる。しかし作品のことは好き。しかも作品はどうすれば作品のようにしあわせになれるのかを示してくれない。頭では楽しいと思っても、どこか心では自分の生き方を否定された。しかし何が問題かわからないそういう傷は後に残こる。本当はそういうものを見た時に怒ることができれば良いのだけど、怒れなかった場合は辛いだろう。

 

もしこういう内容を描くのならば、ちゃんと喧嘩を売るべきだ。そして相手を怒らせるできだった。それが本当に観客のためになることだろう。その結果『エヴァ』のことを嫌いになろうが、庵野監督のことを嫌いになろうが、観客の心の中では何か変化が生まれるだろう。そして長い目で見ればいつか『エヴァ』や庵野監督のことをもう一度好きになるだろう。『旧エヴァ』が未だに人気があるように。しかしそういうことをしなかった。それはどういう意味か。

 作品では責任や、大人と話しながらも今庵野監督が責任を感じているのは自分の身内のことであり、観客のことはあまり考えてないという風に取れる。

 私は庵野監督はオタクのことも思って作品を作ってくれていると思っていたからそれがとても悲しかった。

 もしかしたら傷つけるのに疲れたのかもしれないが、それはそれでいいのだが、だったらマリとの関係、もしくはシンジやゲンドウの成長をしっかり描いてほしかった。それがない以上どうしても、「俺はモテる、なぜだかわからないけど、『エヴァ』で人気になったからだ。『エヴァ』はファンのおかげで人気になった。だから俺は家族をモテた。でももう『エヴァ』は終わるからお前らも家族を持てよ」と言われている気分になる。

 

 本当にすごい作品には見た人を良くも悪くも夢中にさせるような魅力がある。『旧エヴァ』にも『シンゴジラ』にもそういう魅力は良くも悪くもあった。しかし今回の『シンエヴァ』からは良くも悪くも感じなかった。それはある意味で庵野監督がファンを『エヴァ』の世界から解放してくれた。特別な作品であった『エヴァ』を『シンエヴァ』と言う普通の作品にしてくれたおかげで、『エヴァ』の作品としての魅力を終わらせ、ファンを解放してくれた。今後の何十年、何百年と増え続ける『エヴァ』のファンも『シンエヴァ』を見れば、熱心な『エヴァ』ファンではなくなり、『エヴァ』に依存しなくなる。『シンエヴァ』はそういう作品なのではないだろうか。

 この作品で一番良かったのは、庵野監督を初めとする優秀な人材が『エヴァ』を今後作り続けないといけないという義務から解放されたことである。これにより庵野監督やカラー、『シンエヴァ』スタッフたちはこれから『エヴァ』よりももっと面白い作品を作り始めることができるだろう。

おめでとう。庵野監督やカラー、『シンエヴァ』スタッフの皆様の次回作に期待します。

 

個人的には『シンエヴァ』の共同体での挿入歌がかかるシーンの演出の途中までが好きだ。このシーンは良くある日常を音楽に乗せながら描くシーンなのだが、主人公の日常が描かれない。しかし自然と見ていて主人公の日常を想像できる。そんな演出が好きだ。

しかし曲の最後のほうで主人公の日常を描いてしまった。「できるなら曲の最後まで描かないで欲しかった」と思った。あくまで私の好みだが。

 

 最後に『シンエヴァ』に不満を持った方はぜひ『リーンの翼』を見てもらいたい。この作品は冒頭で触れたとおり、庵野監督もリスペクトしていた富野由悠季が今の庵野監督と同年代の時に制作した映画であり、30分アニメ全6話と『シンエヴァ』と時間も近く。『新エヴァ』が影響を受けた『新訳Z』と同時期に作られている。

 作品を作る上での葛藤やコミュニケーション、父との対話、アニメとの向き合い方、恋愛など、『シンエヴァ』で描かれたことと似たようなことが描かれていますが、展開やオチは全く異なります。そして戦闘シーンも魅力満載だ。

「『シンエヴァ』に不満を持った人が求めていた作品はこのようなものだ。」と自信をもって進めることが出来る。私から出来る『シンエヴァ』に不満を持った人に勧められる一番の特効薬だ。

 もし興味があるのならばぜひ見てもらいたい。

 

以下 2021年3月14日 20時14分追記 『シンエヴァ』で一番気になったところ。

 今作にはレイだけでなく、アスカにもカオルにもクローンがいる。シンジもある意味ゲンドウのクローンのようなものである。しかしマリにはクローンがいると明確には描写されていない。マリもクローンなのかもしれないが、なぜか『シンエヴァ』では表では出てこない。他の3人には丁寧にクローンがいると描写しているにも関わらず。

 そしてクローンがいないマリとシンジがくっつく。そこがどうしても気になった。おそらくマリは『新エヴァ』からのキャラだからだろうが、もうマリも登場から10年以上たっているのでクローンがいてもおかしくない。設定上いてもおかしくない。しかしいない。

 そしてご丁寧にマリとシンジがくっつく。マリはマリで好きなのだが、なんかそこが気持ち悪かった。アスカにもカオルにもクローンがいるなら、マリにもクローンがいると明記して同じ条件のもとマリを選んで欲しかった。マリだって他の3人とあまり変わりないじゃないか。

 このことについてはもうしばらく考えてみる。このことについて何か思いついて、なおかつ気が向いたらこのことを掘り下げた記事を書くかもしれない。